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Showing posts from June, 2023

帰ってきたヒトラー / 街とその不確かな壁

『  帰ってきたヒトラー』ティムール・ヴェルメシュ著(河出文庫 訳:森内薫)を読みました。 この小説の大きなメッセージは、 映画版の主演俳優インタビュー にあるように、 「ヒトラーが現代に復活したら、はたして人々は再び洗脳されてしまうのか?」 だと思います。  2010年代のドイツにタイムスリップしたヒトラーが現代文明を批判する語り口の面白さや、人々との会話の行き違いも痛快です。 「携帯電話は禁止して、劣等人種にだけ持たせればいい。事故にあって次々死んでいく」と持論を展開したり、「あなたはヒトラーそっくりに整形手術(Operation)したのか?」と問う相手に、「もちろん(第2次大戦における)作戦(Operation)はあった!」と答えるとか。 ある種、発達障害/自閉スペクトラム症的な描写をされています。現代の常識を知らないから当然かもしれませんが、場の空気を読まずに怖いものなしです。  しかし、この小説のクライマックスは下巻29章「真実」における秘書クレマイヤー嬢との対話でしょう。  クレマイヤー嬢は、コメディアンとして人気者になったヒトラーの秘書を務めていることを祖母に話し、祖母に憤慨される。祖母の血筋はユダヤ系であり、祖母の家族はナチスのユダヤ人虐殺で全員殺されたことを知らされます。  クレマイヤー嬢に責められ、もう秘書を辞めると言われてヒトラーは混乱します。 クレマイヤー嬢が必要なのだ。そして、私は彼女に好感さえ抱いている。 その血管にユダヤの血が流れているのが事実としても、了解の上でつきあっていけばいいだけのことではないか(下巻144ページ)  嘘がつけず民族の理想のために邁進したヒトラーでしたが、その彼が初めて、自身のおこないの論理的矛盾に気づかされる場面。  行いが間違っていたにせよ、彼が、彼の信じる民族救済のために身を粉にして働いていたのは事実です。 本書では、ヒトラーが子供好きだったという描写が散見されます。下巻87ページでは、公園で遊ぶ子供たちを眺めながら美術のスケッチをしようとします。下巻196ページでは親のない子供が施設で育つのではなく誰かに引き取られるべきだと、養子縁組を奨励していたことを話します。  そして彼がクレマイヤー嬢に弁解するように 「1933年には国民はだれひとり、巨大なプロパガンダ的な行為で説得させられてはいない。そして総統は

ラーゲリより愛をこめて/戦場のメリークリスマス

医療というと皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。投薬、採血、レントゲン、心電図、胃カメラやレントゲン、CT、MRI、内視鏡、大きな切開を伴う外科手術。もちろん精神科でも内科的な検査はしますし投薬もします。ですが心理療法や心理検査も同じくらい大切です。 病巣を最小限に切り取って短時間で終わらせるほうが良い外科手術であるように、心理療法も長くても見当違いではいけないし、もう少し時間が必要なのに「はい、がんばれよ」と短時間で打ち切ってもよろしくないです。 では、心理療法においては、どこに病巣があって、どれくらい時間をかける必要があるか、どうやって判断するのでしょうか。こころは画像検査で「ここからここまでが病巣です」と割り切れません。だから私たちはたくさんの知識や人生経験、様々な人と関わることが必要です。でも、だからといって全ての職種、全ての人種と出会うことはできないし、全ての経験をすることは不可能です。 だから、私たち精神科医は、医学書だけでなく、たくさん本を読みます。私は読むのも遅いし量も読めていないほうだと思いますが、それでも読まないよりはマシだし、若いころ読んだ本を読み返すと「こういうことだったのか」と驚くこともしばしばです。 なので、こうして記録をつけていこうと思います。もしご興味があればお付き合いください。今回は第2次世界大戦の収容所についてのノンフィクション(ないし限りなくノンフィクションに近いフィクション)について書きたいと思います。 収容所体験記といえばヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」が有名ですが、最近の話題として、二宮和也、北川景子主演、2022年公開の映画「ラーゲリより愛を込めて」をご存じでしょうか。その原作であるノンフィクション 「収容所から来た遺書」 を最近読みました(この本自体は1989年に出版され当時TVドラマ化されています)。 シベリアの強制収容所(ラーゲリ)で死んだ日本兵、山本幡男、その4500字もの遺書を、何人もの仲間が分担して記憶して持ち帰るという方法で遺族に届けたという実話を基に、山本やその仲間が収容所内で読んだ俳句や詩、おこなった演劇なども含めて、物語として再現したという本でした。 そうやって再現された物語は非常に強い力と説得力を持ちます。シベリアの極寒の中での強制労働とわずかな食事。厳しい思想統制、そんな状況で生み出さ