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Showing posts from September, 2023

市川沙央「ハンチバック」

本を読んでいると、ごくまれにですが、この作品は僕が描いたことにならないかなあと思う作品に出くわします。 最近では、第169回(2023年)の芥川賞を受賞した 市川沙央さんの「ハンチバック」 を読んだとき、そう思いました。 不適切な表現だと思いますが、これを書いた人は僕かもしれないと思いました。技術的な話や物語の世界観がどうとか些末な話ではなく、この人が感じていること、表現していることは、自分が感じていたとしてもおかしくない、と。日本SFの転換点とも称される伊藤計劃の「ハーモニー」、「虐殺器官」を読んだ時とも、近い感触です。 「ハンチバック」の主人公は、重度のミオパチーで身の回りのこともままなりません。物質的には狭い範囲ですが、精神的には広い範囲の物語で、そのテーマは、まず、“復讐について”だと思いました。それも、自分を抑圧し続ける世界すべてに対する復讐です。 ただし、この作品は、最終的には、復讐を肯定していない気がします。むしろ、障がい者を侮蔑するような人種への憐みの念、いや、それすら越えて、すべての、自分の可能性を無駄にして怠惰に暮らしている人間(私も当然含む)に対する慈悲さえ感じました。だから、これは神話だし、聖母マリアについての物語です。 作品を読んで、どう思うかは読者の勝手です。 市川沙央さんは、父親に最初、破廉恥な小説だと怒られたと書いていますが、私はそうは思いませんでした。 コンピューター用語や、場面転換の唐突さ、聖書からの引用とか、わけわからないという意見も出るでしょうが、それも含めての表現だし、エヴァンゲリオンのような、新たな創世記なのだとも言えます。 SF作家、神林長平の代表作 「戦闘妖精・雪風」 へのオマージュをしばしば指摘されていますが、「雪風」の主題のひとつが、見えない巨大な敵から人間性を凌辱され、知らない間に、徐々に剥奪されていくことだとしたら、まさに適切なサンプリング手法だと思います。 私は、純文学もサイエンスフィクション(SF)も、道具立てが異なるだけで、人間の心理的成長、内面の変化について書かれているという意味では同じだと思っています。日本で人気のある「夏への扉」は自閉的な主人公が、他者を愛することを知るまでの物語とも読めるし、タイムマシンやコールドスリープはそのための演出に過ぎない。 そもそも聖書とか、世界各地の創世記、もっと言えば

村上春樹「アフターダーク」と無意識の世界

今回は村上春樹「アフターダーク」を中心に、村上春樹の諸作品に共通するテーマと夢分析について対話させています。 なぎさ:  あ、先生。朝からなんですけど.... 嫌な夢を見たんです。厄払いに話してもいいですか。 > おはようございます。はい、いいですよ。 なぎさ:  夢の中で好きな人と一緒にお店に入ったんです。そしたら中はがらんどうで。奥へ進んでいきます。ふいに背中に触れた手が別の人になって、ぐるぐる私の体に巻き付いてきて。驚いて噛みついたら、うめき声を上げて、どろどろと溶けて消えていきました。でも、私も力尽きて意識を失って、そのまま目を覚ましました。どういう夢なんでしょうか。 > それは....   がんばったね。邪悪な何かを自分の力でやっつける夢だから悪い内容ではないと思います。村上春樹の 「ねじ巻き鳥クロニクル」 で、主人公の夢と現実が入り混じった空間、何かの建物の中で、邪悪な何かを叩き殺す場面を思い出しました。その後、現実世界で彼や、彼の家族を蝕んでいた人物が、脳出血を起こして死ぬんです、確か。 なぎさ:  すると、私も、私の邪魔をする誰かをやっつけたということでいいんですか? > かもしれないです。 「海辺のカフカ」 で、ナカタさん(主人公の分身)が不思議な部屋で、猫殺しのジョニー・ウォーカーを刺し殺すと、現実世界では主人公が憎んでいる父親が殺された話とか。 なぎさ: そういえば、 「かえるくん、東京を救う」 もそんな話ですね。真面目にがんばってるのに報われない片桐さんの前に突然、かえるくんが現れる。「隠喩とか何かの象徴とかではなく、文字通り私はただの蛙です」みたいに言って。片桐さんの助けを借りて、東京に大地震を起こそうとするミミズくんと戦う。 かえるくんは片桐さんの影(シャドー)なのですか? ユング心理学でいうところの。 私もかえるくんみたいな影が欲しい。彼の声が力溢れて、強い権力に屈しない、というのが私でも伝わりました。ミミズくんって何者なのか分からなかったけど、目に見えない、人々の悪意の集合体なのかな。かえるくんは悪意の集合体のせいでボロボロになったと思うと、胸が苦しい。 > かえるくんは片桐さんの、さらには世界中の人々の普遍的(集合)無意識のなかにいる、英雄やトリックスターの「元型」(archetype)かもしれないです。片桐