「市川沙央さんの二作目 『オフィーリア23号』 読みましたか?先生、芥川賞受賞第一作。感想を聞きたいです。」 外来がちょうど終わった昼休憩。遠藤凪が話を向ける。西山大介は言われてカバンから雑誌を取り出した。 「ちょうど読みました。一読しただけでは難しいけど、引用と、幾つかの主題が絡み合って、一つに収斂していく構成が凄いと思いました。 書評、レビューの類 もこれからチェックしたいです。」 「彼女の手法はヒップホップだと思いません? 虐殺の文法 という言葉を挿入することで、伊藤計劃にリスペクトを捧げたり。たとえ言葉の意味が分からなくても文章の流れ、リズム感が心地いいし。」 「有名な女性差別者(ヴァイニンガー)の言葉をSNSで拡散するという話の流れも、ヒップホップ的なストリート感覚ともいえるかも。そもそもタイトルがシェイクスピアの引用だし、沙央さん自身、SNSで引用に気づいてほしい旨を発言していますしね。」 「医師である主人公の父親が、優秀な女性でも、一番劣等な男にさえ劣る。感情的な生き物だとかぬかす一方で、些細なことで感情的になって妻を殴るって辺り、妙にリアルでした。」 「あれは、彼女が受けてきた差別を、より普遍的な差別問題に接続しているんじゃないかと想像しました。もう少し引用すると・・・」 西山はページをめくる。 「ここ。カート・ヴォネガットのSFも連想しました。 『そして、それは今も昔もない。時間が流れて過去にならないならば、一切合切は今ここで同時に起こっている。今このときも起きている。私の耳に母の悲鳴が内蔵されていて、いつでも聞くことができる』 」 西山がその部分を読み上げると、二人の間にも別の空間が生まれる。間をおいて、遠藤凪はゆっくり話し始める。 「強いショックを受ける出来事があると、そこで時間が停止してしまう。具体的な父親というよりも、社会にはびこる父権的な権力。それらが立場の弱いものに与える有害性・・」 「女性を差別するような男性の生態を、そのままなぞることによって、その愚かさを克明にしている。そういえば、似たような話を読みました。 木津毅 さんの本で。これも今読んでるんですが」 「木津毅さんって、音楽や映画、ゲイ・カルチャーについて書いている方ですよね。」 「文体というか目線が好きで、彼が書く音楽レビューは見つけたら必ず目を通します。彼の単著 『ニ
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