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伊坂幸太郎「777」


伊坂幸太郎の新作「777 トリプルセブン」について書いています。ただしミステリーの核心部分には触れていません。カウンセリングの見地から興味深い部分に焦点を当ててまとめました。いつも社会問題を取り込んだ内容を描く伊坂さん、今回はマインドコントロールや虐待、そこからの癒し、回復についてが重要なテーマに思えます。この問題は決してカルト宗教や芸能界だけの問題ではありません。職場でも学校でも、皆さんの身近で形を変えて気づかれないようにさりげなく起こっていることだと思ってほしいです。それではいつもの二人(なぎさと先生)に登場してもらいましょう。



なぎさ:  先生、伊坂幸太郎の新作読みました? ココおばさんが「本当に悪い奴は、みんなに良い人だと思わせる」(32P)と言いますが、最後まで読むと、本当に悪い奴と良い人がまさかの展開で。私は人を見る目がないなあって・・・


> 「777」は最後に大どんでん返しでしたね。でも、伊坂さんのミステリーは、推測する材料が少なすぎて、ちょっと分からないですよ。


なぎさ:  そうか、しょうがないですね。


> 今回の作品も、「父親の振る舞いが息子の人生に大きな影響を与える」というテーマは、初期の名作「ゴールデンスランバー」と同じだし、もう一つ、伊坂幸太郎は一貫して、「常に疑え、常識に従って思考停止せず、自分の頭で考えろ、それが正義なのか悪なのか」という問いを読者に突き付けていますが、今回もそう。最終的に、法で裁けない悪を討つ話でした。人を操っているといい気になっている権力者を叩きのめす。処女作「オーデュポンの祈り」や「重力ピエロ」の頃から全くぶれてない。


なぎさ:  「777」の主要な登場人物をおさらいしますね。舞台はホテルで、裏世界の様々な業者(殺し屋、逃がし屋、仲介屋)が集まってくる。まず主人公の、「マリアビートル」の時と同じく不運やトラブルに巻き込まれる天道虫と呼ばれる殺し屋。


> 「殺し屋」シリーズの4作目。同じ主人公が活躍する「マリアビートル」がハリウッド映画化されたから続編を書いたんでしょうね。


なぎさ:  決して忘れることができないという能力を持った紙野結花という女性が、そのホテルに逃げ込む。彼女が頼る逃がし屋のココおばさん。紙野を追う乾。彼が依頼して、紙野を捕らえようとする6人組の殺し屋と、かつて乾と関りがあったというモウフとマクラ。

政治家と関り様々な汚れ仕事をしていると思われる乾は、紙野の記憶力を利用して大仕事を終えた後に彼女を処分しようとした。そのことを知り、殺される前に逃げた紙野は、偶然出会った天道虫に助けを求めます。


> 殺し屋たちのバトル。女性を追う話の展開は、ジョジョの奇妙な冒険第5部「黄金の風」オマージュ感ありますね。


なぎさ:  6人組なんてまさにジョジョに出てきそう。良い人のふりをして弱者を利用したり、痛ぶるのが好きな殺し屋で、胸が苦しかった。そいつらは自分たちは生まれた時から容姿も能力も優れていて、逆の立場の人をめちゃくちゃ見下して馬鹿にしてるんです。ずっと優越感に浸っている。だから早く殺されて欲しいと思って読んでました。


> 106ページ辺りのカマクラとアスカの会話、読者にわかりやすく悪人だね。実際の悪人でも、ここまで意識してないか、そもそも悪いことじゃないと開き直ってたりするから。伊坂さんは、とにかく何の遠慮もなく始末できるような悪役を書きます。一方で、紙野さんはある種の発達障害みたいな設定。古典的にはサヴァン症候群みたいな。


なぎさ:  紙野さんはその異常な記憶力のせいで余計生きづらそうで。人との程よい関わり方ができない子だったんだと思う。助言してくれる友達もいなくて。


> 記憶力が異常に高いというとアドバンテージに思えるけど、そのことによって悪い点ばかり考えてしまうのは欠点です。だから、本人の物事の捉え方、認知の歪みを修正する認知行動療法の適応になってきます。でも、それだって、信頼できる友達や家族がいて、適切な人との関わり方を学んでいけたら、本来必要ないことなんです。


なぎさ:  紙野さんが自分の能力をどう捉えるかで、生き方変わってたかもしれないです。彼女悪いことばかり考えるから。


> 111ページの紙野さんの「このまま消えてしまうのは悔しいな」は、伊坂さんからのメッセージだと思いました。最初の紙野さんの描写はDV被害に遭った女性やカルト宗教に騙された人を念頭に置いていますね。

超常的な記憶力とは違うけど、伊坂さんもいろんなことを考えて悩むタイプみたいですよね。「アヒルと鴨のコインロッカー」の作中で出てくる「鳥葬にすればよかった」という台詞なんて20年経っても僕の胸に突き刺さったままです。小説の中で極端な形で再現することで、同じような境遇の人に伝えているんです。きっと。

116ページの紙野さんが、「もし無事に逃げることができたら、友達が欲しい」と言うのも、かなり重要なメッセージだと思います。天道虫くらいタフなら友達がいなくてもやっていけるかもしれないけど、多くの人はそうじゃないし、本当の邪悪は、常に孤独な人、立場の弱い人につけ込む。


なぎさ:  紙野さんの友達が欲しいって台詞はかなり切実で応援したくなる。彼女のことを好きになる人は絶対いると思うし。世の中うまくいかないっていう人に向けて、励ましている本だと感じました。モウフとマクラの考えは共感できて好きです。私も彼女たちみたいに強くなりたいよ。


>  139ページで乾に対して二人は、「やりかえしたくてもできない人のために仕事をしようと思って。パワハラとかセクハラとか、人の人生を台無しにしておいて平気な人をどうにかする仕事をしたいの」と言っていて、そのきっかけは、法で裁けない犯罪を犯して笑っている男を殺してしまったことでした。モウフとマクラのこの発言は、伊坂ワールドに一貫するテーマ。


なぎさ:  タックル男を殺したのは悪くないですよ。マクラとモウフを称えたいです。法律で裁けないのなら、裏稼業の人間が成敗するしかないでしょう。


> まあまあ、二人がそこまで思いつめたのは、彼女たちの不幸な生い立ち、境遇、孤独も影響していると思います。不幸といえば、天道虫の、「このまま、この階で降りても別の厄介ごとに巻き込まれる恐れ、というより自信がある」(142P)というのには笑いました。


なぎさ:  天道虫は運が悪すぎて、変な自信ついてるの、気の毒すぎます(笑)


> 188ページで、紙野の記憶力ゆえの不運を、天道虫が即座に分かった下り、いいですね。彼がつらい人生を送っていたからこそというのが。


なぎさ:  多くの人は、記憶力が良いのを羨ましがるのに、天道虫さんはつらいだろうねと言ってくれた。君の大変さを分かるわけじゃない。具体的な内容を聞き出したいわけでもないという所も信用できます。だから寄り添ってもらえた気がした。


> カウンセラーや精神科医も、あの殺し屋6人組みたいに美男美女で勝ち組で人を見下すのではなくて、天道虫みたいに自分も過去に苦労していて、人の苦労がある程度分かったほうがいいんです。その後、二人は不運の言い合い合戦みたいなことをしたり(笑)。「他人と比べた瞬間から不幸が始まりますね」(P197 )というのは真理だと思いました。


なぎさ:  天道虫も嫌なことばかり覚えているから、共感できるんですよね。人生何でもすいすいうまくいくスイスイ人の六人組には理解できないでしょう。嫌なことを忘れられない恐怖なんて。いい目にばかり遭ってきたから。天道虫と対峙するまでは。


> 天道虫のビジネス・パートナーであるマリアを助ける手段を紙野さんが持っていて、当然、紙野さんは無償で人助けする。でも、「マリアを助ける代わりに自分を確実に守ってくれと、なぜ交渉しなかったんだ?」と天道虫が確認する辺り(P192)の心理描写もうまいです。


なぎさ:  天道虫さんは強くて優しい。先生の好きなシティハンターの冴羽獠みたいですね(笑)。紙野さんは今まで自分の損得を考えなかったから、「マリアを助ける代わりに自分を助けてって交渉する」っていうのを思いつかなかったんですね。


> 紙野さんにとっては人助けは当たり前で、だから悪い人に利用される恐れもある。でも損得を考えない紙野さんだからこそ、天道虫はよけいに助けたいと思ったんでしょうね。天道虫はただの殺し屋ではないですね。冴羽獠が依頼を受けるのはなんでもいいわけではなくて「心が震えた時」。

終盤に出てくる「バラの花を咲かそうと無理するんじゃなくて、りんごはりんごの花咲かせろよ」という話。それぞれの個性で最善を尽くせということでしょう。クライマックス(P269)で紙野さんはそれを思い出す。


なぎさ:  その話、私も好きです。他の木は綺麗な花咲かせて良いなと、比較して羨むんじゃなくて、自分にしか咲かすことができない花を咲かせたいです。


> 薔薇は美しいかもしれないけど、林檎は美味しいからね。花より団子じゃないけど。


なぎさ:  先生...... それは私がりんごみたいに丸顔で幼いってことですか? 


> だから、悪いほうに考えないで! 本当は、薔薇より林檎のほうが人々に愛されているかもしれないから。